HOME  > Profile

沖中玲子(Reiko Okinaka)

okinaka.jpg

1974年大阪府摂津市に生まれ、豊中市に育つ。
愛媛大学農学部林学科を卒業後、奈良県庁へ入庁。林業試験場(現・森林技術センター)に配属され、木材の乾燥に関する試験を担当。

2年後に退庁し、1年半の間、ドイツへ留学。2001年より、国産材の普及を目指すNPO活動に参加。

2007年11月、LineWork(s)設立

2008年5月、株式会社LineWorksへ組織変更

2009年・2010年、兵庫県森林審議会 委員

-message-

「環境問題」という言葉がクローズアップされていた高校時代。大学に進学し、「環境」について学べば学ぶほど、全ての根源は「山」にあることを知りました。林学科を専攻し、卒業後は「吉野林業」で有名な奈良県庁へ入庁。吉野にある林業試験場勤務という環境の中、木材産業の現場に触れることができました。

けれど、「もっと山や木の近くで、もっと現場に近いところで仕事がしたい」という想いが強くなり、2年で退庁しました。

その後、学生時代から一度は行きたいと思っていた環境先進国・ドイツへ留学。多くの出会いや変化を与えてくれた大切な時間でした。そんな生活の中で一番に感じたこと・・・それは、「森林に対する意識の高さ」でした。日本との決定的な違いに、大きなカルチャーショックを受けたことを覚えています。

帰国後は、山の役割を訴え、使わなければ守れない人工林の活用を推進するNPOで活動を始めました。

国内の木を使った家づくりに触れるうち、山や木材にしか目を向けていなかった自分の問題点に気がつきました。と同時に、「山と建築の分離」にこそ、全ての問題があるのだと思いました。

今、国内の山を守るためには、建築に国内の木材を使うことが必要不可欠です。正しく、より効率的に、適正な利益を山に還元しながら建築に活用していくために何が必要なのか...そこを追及していきたいと考え、この事務所を設立しました。

今後、住まい手にとって「唯一の家づくり」に、木材という切り口から関わらせて頂ければと思っています。



水谷賀一(Yoshikazu Mizutani)

mizutani.jpg

1974年兵庫県西宮市に生まれる。
龍谷大学理工学部を卒業後、アトリエ事務所に就職。その後、国産材を用いた住宅を手がける設計事務所に勤務。

設計者として主に、木や土といった素材を生かした家や、和のテイストを基調とした家づくりに取り組んできた。

2008年4月より、LineWork(s)にて国産材の家づくりをてがける。


これまでの主な建築

甲子園の家 [2006] 御願塚の家 [2007] 岡町の家 [2008]

-message-

機械工学をこころざし、大学で学んでいた自分が、なぜ今建築の世界で仕事をしているのか・・・そのきっかけは、阪神淡路大震災にありました。

激震地だった西宮という地で被災し、自分にできることがあればと被災地をまわる中で、悲惨な被害状況を目の当たりにしました。多くの人の人生を奪った倒壊住宅、危険極まりない傾いた住宅での生活、ライフラインを失った劣悪な環境・・・この経験が、自分の人生を方向づけました。

住宅建築の重要性と責任の重さを痛感し、「人の命を守る」という使命をもった建築の世界で、身近な人達の安全を守るために役立ちたいと、予定していた就職を取りやめ、建築の世界への第一歩を踏み出しました。あれから10年以上になりますが、当時の想いが変わることはありません。

これまで、いくつもの家づくりに関わらせて頂きましたが、住まい手の家づくりに対する希望を、「家」という一つの形へと導くことの難しさと責任の重さに戸惑うこともありました。でも、住まい手とじっくり関わり、最大限の可能性を探り、苦労してつくる家だからこそ味わえる、完成時の達成感と、住まい手の笑顔に支えられてきたように思います。

また、家づくりの現場では、職人さんの手仕事の繊細さを肌で感じ、共に一つのものをつくり上げていく喜びを知り、職人さんの声を設計に生かすことの大切さを学びました。設計者としての自分にできることは、大工や左官といった実際に家づくりにたずさわる職人さんの技をどう引き出し、素材そのものをどう生かしきれるか...それを追求していくことだと考えています。

一つ一つの素材が輝き、一人一人が輝いてこそ、住まい手に満足して頂ける家づくりができるのだと思います。

願わくば、それぞれの地域の、それぞれの町並みに、少し華を添えることができるような家づくりのお手伝いができればと思っています。